近年、老後に向けた備えとして、家族信託が注目されています。比較的新しい制度なので、興味はあるけどよく分からないという人が多いかと思います。そこで、本記事では、家族信託とは何かについて弁護士が説明します。
1 家族信託とは
家族信託とは、将来自分で財産を管理できなくなったときに備えて、自分の財産を管理する権限を家族に与えておくという財産管理の方法です。2006年(平成18年)の信託法改正により新設され、翌年の2007年に施行されました。認知症対策や柔軟な相続対策として注目を集めています。
2 家族信託の仕組み
家族信託は、委託者、受託者、受益者が信託契約を結ぶことで効力が発生します。
委託者とは、財産の所有者で、財産の管理を信託する人のことです。財産の管理方法や処分方法の決定権、受託者を選任・解任する権利を持っています。
受託者とは、委託者から財産の管理を信託された人のことです。財産管理に関する権利を持つと同時に、善管注意義務などの義務を負っています。
受益者とは、財産管理により発生する利益を得る人のことです。実際には、委託者兼受益者となることが多いです。また、受益者を複数人設定することも可能です。
親を委託者兼受託者とし、子を受託者とする信託契約を結ぶことで、子が親の財産を管理できるようにするという形をとることが多いです。
3 家族信託の流れ
家族信託の大まかな流れは以下のようになります。
⑴ 内容の話し合い
まず、家族間で、家族信託の内容について話し合います。ここで話し合う必要があるのは以下のような内容です。
・家族信託の目的
・誰が委託者、受託者、受益者となるのか
・どの財産の管理を信託するのか
・財産の管理方法をどうするのか
・財産管理を開始する時期はいつにするのか
話し合うべき内容に決まりはありませんが、最低でも上記の内容についてはきちんと決めておきましょう。また、この話し合いが一番重要です。時間をかけてしっかりと話し合いましょう。契約の当事者でない家族の意見を聞くことも大切です。
⑵ 信託契約書の作成
話し合いがまとまったら、信託契約書を作成します。作成は個人でもできますが、弁護士等の専門家に相談することをおすすめします。これは、契約書の内容に不備がないか確認しておくことで、後のトラブルを避けるためです。
また、公正役場で公正証書にしておくことも方法の1つです。公正証書にする際に、内容について公証人からチェックが入ります。公証人は元裁判官などの経歴をもった法律のプロなので安心して任せましょう。さらに、公正証書は契約書の公的な証明になるので、トラブル予防に繋がります。
⑶ 財産管理のための口座開設
契約書が無事に完成したら、財産管理のための口座を開設します。管理する財産が現金や預貯金の場合、不動産の賃貸借や投資による利益がある場合は、専用の口座で管理しましょう。受託者の個人的な口座で財産管理を行うと、個人の財産と管理している財産が混同してしまい、トラブルに発展する可能性があります。必ず、専用の口座を用意しましょう。
⑷ 信託登記
不動産がある場合は、法務局で所有権を委託者から受託者に変更する信託登記の申請が必要になります。この登記は個人で行うこともできますが、手続きが難しいため、司法書士に相談することをおすすめします。
4 家族信託のメリット
家族信託には様々なメリットがあります。以下では、代表的なものを紹介します。
⑴ 柔軟かつ簡単に財産管理ができる
家族信託により、柔軟かつ簡単に財産管理を行えるようになります。
従来、親の財産を子が管理したい場合は、任意後見制度や成年後見制度を利用する必要がありました。これらの制度は制約が多く、財産管理や相続対策が行いにくいという欠点がありました。
しかし、家族信託は信託契約に基づいており、各家庭の事情に合わせた内容が設定できるという自由度の高いものとなっています。そのため、ただ財産が減らないように管理しておくだけでなく、財産の積極的な活用が可能となっているのです。また、家庭裁判所を通すことなく、契約書を締結するだけで開始することができるので、比較的簡単に利用することができます。
⑵ 認知症対策になる
親が認知症になったとしても、原則として子がその親の預金や不動産などを管理することはできません。財産管理を行うためには成年後見制度を利用する必要があります。成年後見制度は、後見人が裁判所の管理監督のもとで被後見人の財産管理を行うというもので、非常に多くの手続きをしなければなりません。
しかし、親が認知症になる前に、財産管理方法について家族信託を行っておくことで、親の認知症発症後に子による財産管理が可能になります。裁判所での手続きは必要ありません。そのため、認知症対策として注目されています。ただし、認知症発症後に家族信託契約を結ぶことはできないため、事前に契約しておくことが大切です。
⑶ 倒産隔離機能がある
家族信託には倒産隔離機能があります。倒産隔離機能とは、委託者や受託者が破産しても、信託財産は破産の影響を受けず、差し押さえられないという機能です。信託財産とは、受託者が管理している委託者の財産のことです。例えば、親が委託者で、子が受託者であるとき、親または子が破産しても、子が信託契約に基づき管理している親の財産は差し押さえられることはありません。
ただし、委託者兼受益者となっている場合は注意が必要です。家族信託の場合、大半が委託者兼受益者となっています。受益者は、信託から利益を受ける権利である受益権を持っています。この受益権には倒産隔離機能がないため、差し押さえの対象となります。例えば、委託者兼受益者である親が破産した場合、子が管理している信託財産に影響はないものの、受益権は差し押さえられる可能性があるため、結果的には親の財産が差し押さえられたときと同様の効果をもつことがあります。
5 家族信託のデメリット
一見、非常に便利な制度に見える家族信託ですが、デメリットもあります。以下では代表的なものを紹介します。
⑴ 家族信託にも限界がある
家族信託では対応ができず、成年後見制度や遺言を利用しなければならない場合があります。
成年後見制度を利用する必要があるのは、身上監護権を家族に与えたい場合です。身上監護権とは、医療や介護などに関する法律行為を本人に代わって行う権利のことです。これは成年後見人の職務であり、家族信託では委託者が受託者に与えることができません。実際には、家族であれば医療等の手続きはできることが多いので、あまり問題にはならないかもしれません。
遺言を利用する必要があるのは、遺留分侵害請求対象財産の順序指定をしたい場合です。家族信託では、対象財産の順番を指定することができません。
遺留分については、別の記事をご参照ください。
⑵ 損益通算ができない
損益通算とは、簡単にいうと所得の赤字と黒字を相殺することです。ある所得からマイナスが生じた場合、別の所得からマイナス分を差し引くことで所得合計額が小さくなります。そのため所得税の節税対策の1つとして利用されています。
しかし、家族信託では、損益通算ができません。信託財産である不動産から生じた損失はなかったものとみなされ、信託財産以外から生じた所得と損益通算ができないとされているからです(租税特別措置法41条の4の2)。ただし、複数の不動産が同じ信託契約にある場合、その不動産については損益通算ができます。
⑶ 財産の管理が甘くなりやすい
成年後見制度の場合、後見人が適切に財産管理できているのか裁判所がチェックするため、財産の使いこみなどの不正は発生しにくくなっています。
家族信託は裁判所を通す必要がないため、気軽に財産管理が行える反面、管理が甘くなりやすいです。信託契約が長期間になればなるほど財産管理がいい加減になりやすく、不正の早期発見は難しくなります。
委託者の財産管理に不安があるならば信託監督人を設置するという方法もあります。信託監督人とは、受託者が適切に財産管理を行っているかをチェックする人のことです。受託者とは別の家族を選任することもできますが、家族以外の第三者を選任することをおすすめします。
⑷ 税務申告の手間がかかる
信託財産の内容に応じて税務署に書類の提出が必要になります。
受託者は、信託財産から年間3万円以上の収益がある場合、「信託の計算合計表」と「信託の計算書」を税務署に提出しなければなりません。信託契約において不動産収入がある場合、これらの提出が必要になることがほとんどです。
受益者は、信託財産から収益が生じた場合、確定申告が必要になります。また、納税義務は受託者にあるため、納税も忘れずに行いましょう。
そのほかにも、税務署へ書類の提出が必要な場合があります。税理士へ相談しましょう。
6 家族信託の利用例
家族信託は以下のような場合に利用されています。
⑴ 認知症対策として
家族信託は認知症対策として利用されています。この対策には2つのパターンがあり
ます。
① 事前に認知症に備えたい場合
まだ、認知症を発症していないが、そうなった場合に備えて事前に準備をしておきたいという場合に利用されます。事前に準備しておくことで、自分も家族も安心して老後を迎えることができます。
② 既に認知症を発症している配偶者のために利用する場合
既に認知症を発症している配偶者に財産を残したいという場合に利用されることがあります。
遺言でも財産を譲ることができますが、認知症の人が財産をもらっても管理することができません。その場合、成年後見制度を利用して後見人が財産管理をすることもできますが、様々な手続きが必要になります。それらの手続きを避けて財産管理を行いたい場合に、家族信託を利用します。
⑵ 障がいのある子に財産を残したい
障がいがある子に財産を残したい場合に利用されることがあります。
子が自分で財産管理を行うことができない場合、信頼できる親戚などと信託契約を結ぶことで、親の死後も、遺産を適切に使って子が生活していけるように準備することができます。
⑶ 遺言の代用として
財産の継承を自分の思い通りに行うために、遺言の代用として利用されることがあります(遺言代用信託)。
遺言代用信託では、信託財産に含まれている金銭を遺産分割協議の対象から外すことができるため、自分の思い通りに信託財産を引き継がせることができます。ただし、遺留分侵害請求の可能性があることに注意が必要です。
また、不動産も家族信託を利用することで、自分の思いに忠実に継承させることができます。これを実現するためには、信託契約に工夫が必要なので、専門家に相談しましょう。
7 おわりに
家族信託は非常に便利な制度です。しかし、比較的新しい制度であるため、裁判例は少なく、対応できる専門家の数も少ないのが現状です。利用を検討する際は、家族信託の制度、メリット・デメリットをしっかりと確認し、対応できる専門家に相談しましょう。
記事の監修者:弁護士 川島孝之
アロウズ法律事務所の代表弁護士川島孝之です。
これまで多くの相続事件を手掛けてきました。職人としての腕と、サービス業としての親身な対応を最高水準で両立させることをモットーとしています。